サラリーマン生活を辞して、意気揚々と旗揚げと行きたいとこ
ろだが現実的には何の売上保証もなく再び、その時点では
ものづくり会社を勢いで起業しただけだ。
分厚い不安にサンドイッチされた、薄い薄い希望、ゼロからの
起業準備はそれなりに不安を頭の片隅にしまい込む効果が
ある。田原社長から一本の電話が入る。「叔母が祇園でお
茶屋をやっていまして、創業祝いで席を設けましたので」。
花見小路一力茶屋の右斜め前に位置する祇園「つねや」の
座敷に上がった。お料理が運ばれてくる、女将が「おいでやす、
今日はぱらっといきまひょ」。
「ぱらっといきまひょ?」と鸚鵡返し。
「肩の力を抜いて遊んでおくれやす」
「鉄工所の息子に生まれ、一生懸命いちびりながらものづくり
に猪突猛進してきた、5Kと言われものづくりに人が来ないと快
適工場を就航した挙句に今、又、暗黒かもしれないものづくり
に足を突っ込んだ、そや<肩の力抜いて事業に取り組もう>と
創業メンバー3名にまくしたてた。
会社名は「ぱらっといきまひょや!」
そのお座敷で、社名が決まった。
「おたのもうします」頭を畳に着けんばかりのお辞儀、舞妓さん・
芸妓さん・地方さんが座敷やってきた。
「月はおぼろに東山♪」三味線の音に合わせて唄い、舞い踊る
。あくせくした毎日を送り、今まで経験したことがなかった、粋な
旦那衆のお遊びを今味わえている。
分厚かった不安は薄くなり、薄かった希望は大きく膨らみ光が見
えてきた。楽天的マインドが蘇る。
うだつを上げてくれた田原社長に深々と頭を下げ、強烈な思い
出をお土産に席を立つ。
1995年1月1日に「パラットドゥ」が無事創業した。
<人間万事塞翁が馬、意志の赴くままに3 >
破産者は取締役の欠格事由で社長になれない(2005年か
ら問題なくなった)ので個人会社からのスタート。
その年の秋には株式会社に・・・・・。