有象無象の誘惑に目をくれずに、昼夜仕事に明け暮れば
個人も会社も現金は溜まっていく。
戦後の日本の様な高度経済成長を迎えることのなる。
商いの神達は、流転している商い人にそう簡単に笑いを
与えてくれない。RZビジネスが成功するための試練を与えた。
国内のレンズメーカの様に樹脂成型品の精度のバラツキが
大きく、上手く組立できない。
そもそもの前提条件をお話ししても一向に聞く耳を持たないお客様。
設備の工程能力が出せない、納期がズルズル延びていく。
完成しているから出荷せよと迫られ、出荷時の代金も払わないと突っぱねられる。
これ以上の損失を出すわけにいかない「1億円の損切」決断を迫られた。
交渉の場で「あんたたちに売る設備じゃない」、
テーブルからの大きな音でこの案件の幕を降ろした。
レンズ事業で投資会社から出資を受けていた。
投資会社からの「この後、どうするんですか」当然の詰問に
雪隠詰せっちんづめ状態。「電動化に欠かせないパワーデバイスへの
はんだ付ロボット事業で上場を目指します」苦し紛れでもあるが、
人生最後の事業として腹の中から振り絞りだした決意であった。
万事休すの時にすがった「はんだ付」、「カン・コツ」で職人頼
り、まっとうなデジタル化が出来てない。
CO2問題でクリーンエネルギーに舵を切った時に困るのが
品質が安定しない「はんだ付後工程」と勝手に決め込んだ。
「破壊と創造」で自ら早期退職したアイデア豊かなPANA
の技術部長がPARATの技術顧問に就いてくれていた。
そのアイデアライブラリーの一つにセラミクスノズル内で切断片を
供給する工法があった。製造権を買い取る契約で、
市場を自動車向けに特定し、サムソンで棄損した財務状態の中、
開発、商品化を始めた矢先に、リーマンショックに見舞わる。
ナカテックが倒産し、PARATを創業した、1995年に阪神淡路大震災。
1億円の損切し、はんだ付ロボット開発宣言した矢先の
2008年にリーマンショック。その3年後に東北キャラバンに
旅立つ直前に東日本大震災。またしても危険な賭けの中での船出となった。
<100年ロマン宣言「PARAT BIZ ROMAN」1>
「想像から創造」するものづくりは楽しいけれど、苦しい。
そこに夢やロマンを見出すような活動が必要なのでは。
PARAT二代目CEOからの提案に創業者として、
戦争を知らない世代としていたが、戦後を引き摺る暗さがあったのか・・
CEOが2008年にPARATの門をたたいた時から始まった
RZノズル式はんだ付ロボット事業が成功を収めるまでに・・・。