「来年の事を言えば鬼が笑う」
来年は、2024年で、再来年は2025年である。
更に2050年までにあーやこーやと論議したり、
方針に織り込んだりしている。
鬼からすれば、さどかし臍(へそ)で茶を沸かし
笑い転げていることだろう。
経営者は鬼に笑われる因果なお務めである。
来年どころか、明日どころか、朝令暮改が
日常茶飯事。いやいや昼改、朝改もある。
「予想は嘘よ」、上から読んでも下から読んでも
「よそうはうそよ」。
「ええ加減やな」という影日向の声にもめげず、
「良い加減です」と明日に立ち向かう性。
2008年に、カーエレクトロニクス化が更に更に
盛り上がり、ましてや環境問題解決のためには
電動化は避けられない、「よっしゃ」
セラミックスノズル内でのはんだ付工法に
目を付け一意専心ではんだ付ロボットの商品化を
打ち上げた。
リーマンショック不況に見舞われていることも
あり、鬼笑われようが、グレーヘヤーのおじさん達に
冷笑されようが100億円市場創造とPARATの歩むべき
行く末の絵を背水の陣で描いた。
「今更はんだ付?、100億円?、自動車向け?、
はんだのド素人が!」というお言葉を
頂戴してあれから、かれこれ15年、歳のせい
なのか今は聞こえなくなった。
道標を頼りに道を行き交いする路傍(ろぼう)
の人から勇気を貰う、路傍の石のように年がら
年中寝っ転がりながら「ブースカブースカ」
道行く人々を評論しても始まらない。
もしかしたらこの鬼も道端に寝そべりながら
笑っとるのかもしれん。
野辺に辿り着くまで、鬼に笑われていたい。